【昼休みコラム】ミニ四駆の歴史3
5.レーサーミニ四駆(1988年・ジャパンカップ前夜)
1987年末に「グレードアップパーツ」がリリース、さらにマンガ『ダッシュ! 四駆郎』がスタートしたことで、プロダクト面、プロモーション面でミニ四駆はホビー激戦区に乗り込んで行くこととなる。
1988年春に開催された「コロコロRCフェスティバル」用に、大型の5レーンコースが作られ、好評を博したことからタミヤは「巡業形式でのプロモーションイベント開催」を決断する。
この背景には、先行してコロコロが推していた「ファミコン全国キャラバン」の存在があった。
1985年の夏にハドソン(現在はコナミに吸収)のシューティングゲーム『スターフォース』を統一タイトルとして、全国で開催されたキャラバンは、「高橋名人」というカリスマとともに子供たちを熱狂させた。
この「統一ルール」「全国巡業」「名人」という発想はそのまま「タミヤレギュ」「ジャパンカップ」「ミニ四ファイター(現在はMCガッツ)」として流用された。
そして1988年の夏休み。北海道を皮切りに「第一回ミニ四駆ジャパンカップ」が始まる。
@Bernie_Nihei 俳句を発見致しました!
『全国で開催されたキャラバンは』