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絶対にクマノテツ師とにさおん師が飲んだら意気投合するはず。間違いない。

そしてオレはそれを隣のテーブルで観察してたい(汗)。

@kumanotetu 俳句を発見致しました!
『誘惑に負けて良いんだ…でも多分』

芥川賞って過去の芥川賞作家が密室で話し合って決めているので、実はエヴァンゲリオンの「アダム」みたいに芥川龍之介の魂の依代のようなものが文春の地下にあり、そこで御託宣をいただいているのではないかと考えている。

ってゆーよーな話をスリーエスの店長にして「どうしてそういう無理ゲーにみんなハマるのかねぇ」とボヤいたら言ってたね。

「周りからはバカだと思われても、本人が決めたことだから、とやかく言えないですよ」

彼は色々夢を追い、破れ、再起してるから重かったなぁ。

高卒で関西から東京に出てきて、声優の事務所に所属してバイトしながらレッスンしてる若者と飲んだ時、「先輩から理不尽なシゴキを受けたり、その一方で上達の極意を教わったりとかそういうことはあるんかね」と聞いたら「特にない」っていうのね。

一回レッスンを見学したんだけど、半年くらい前のアニメに声を乗せて、みんなで聞いて先生が何か言ってキャッキャッてやって終わり。それだけ。

ボッてる以外の何物でもないんだけど本人的には業界に近づいているって思ってるんだよねぇ……。

だからと言って今更ドロップアウトして働こうにも難しい状態。

やるせないわ…。

長文を連投しているということは、わかりますね。

疲れてきたということです(汗)

そもそも90年台なかば迄って、青二プロダクションか俳協でほとんど声優さんってまかなえてたような印象。

それが今や供給過剰で養成所がもうかる時代ですからね。

本当は向いてない人には現実をつけつけて諦めさせなきゃならないと思うんだけど、今は「なりたい」って思う人からレッスン代をふんだくる世の中ですから。

せめて小職のへっぽこ企画では、きちんと報酬をお支払いして「仕事」として受けてもらうようにしております…。

声優さんがアイドルの如く、あるいはそれ以上に露出し、集客の一要素となったのっていつ頃からかねぇ?

國府田マリ子さんとか椎名へきるさんがそのサキガケだと思うけど、当時の盛り上がりは今とは異質だよね。

例えるなら、昔の盛り上がりはガスバーナーのような限定された範囲でムダなく燃えている感じだったけど今はキャンプファイヤーから発生した山火事みたいになっているというか。違うか。

同人アニメ作家の方とか、同人ゲームクリエイターの方はすでに自分の作りたいモノがあって、その表現手法としてアニメなりゲーム製作技術を身に着けているのよね。

ウチのような、ストーリー、イラストレーション、ボイス、音楽とバラバラにキープしてるものを持ち込んで「やりましょう」っつってもなかなか受け入れて貰えないよなぁ。

ワーカーとして作業することはアニメ作家さん・ゲームクリエイターさんのモチベーションにはつながらないわけだから。

どうしたものか

流れ作業でこなしたのか、「乾坤一擲(けんこんいってき 手書きでは絶対に書けない)」のものなのかは、一度触れればすぐにわかる。

もちろん明確な違いがあるわけではないし、多分に感覚というか気分の問題なのだが。

同じ外れるにしても下手な鉄砲といい加減に撃つか、下手な鉄砲であっても狙って撃つかで印象は随分ちがうと思う。

最後は感覚だしね。

スーパーマリオの1upキノコの位置って30年以上たっても忘れないものだな。異常。

Twitter でバズると日本語が読めない人からの reply や引用 tweet が大量に付くしまあそうだろうなという感想しかなかったのであんまり衝撃とかはなかった

『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』を読んでるけど、いろいろ怖ろしいことが書いてある。技術者には自明のことが書かれてる前半のAI解説部分はともかく、問題は後半。読解力調査から見えてくる、3人に1人は簡単な文章が読めないという衝撃。

【昼休みコラム】ミニ四駆の歴史2

4.レーサーミニ四駆(1987年)
 スピードが出るミニ四駆は、当時RCカーなどとても買ってもらえなかった小学生に歓迎された。しかし遊び方は従来のミニ四駆と変わらなかったため、タミヤは新たな遊び方の提案に苦慮していた。

1987年のモデラーズギャラリー「公認五種競技」を初開催。円筒形のコースで何回回転できるかを競ったり、オフロードコースを走破するなどスピードを競うのではなくゲーム感覚のコースが主だった。
その中で、2レーンのオーバルコースでスピードを競う「ウルトラマッハサーキット」が人気を博し、これが現在までつづく「壁で仕切られたコースを走ってスビードを競う」というレーサーミニ四駆ならではの遊び方のさきがけとなる。

また子供たちが、コースでのパフォーマンスを上げるため、キット標準ではない様々なパーツを取り付けた姿をみたタミヤは、別売りの純正オプションパーツ「グレードアップパーツ」の発売を同年から始める。

この「コースでのスピード競技」「オプションによるカスタマイズ」という2つの新たな遊びを得たミニ四駆は、翌1988年に大ブレイクすることとなる。

サスペンションというかショックアブソーバー問題は、タミヤがダンパー内蔵ホイールを製品化すれば状況が一変する気が。

3Dプリンターで作った人がいたが、スポークがスプリング状になっていて衝撃を吸収しつつ駆動を加えるというもの。

しかし改めて聞いてみるとだ。
80年代から90年代のアニメーションのヒロイン役の方々。

故・鶴ひろみさんしかり。
松井菜桜子さんしかり。
島津冴子さんしかり。

言葉を選ばずに言うと「変わった声」ですねぇ。そういう特徴があったから声の道へと自然に進んでいったのだと想像する。

いまのコたちは声優になって、アイドルや女優みたいにアクセクてずに顔もあんまり出ずに芝居してお金もらいたいわーなんていうところから出発して(偏見)るんじゃないかなーなんて思ってしまう。

ぐはーいちおう13人応募してきた…。

プレッシャーで吐きそう(笑)

Twitterの自撮り、鏡像がほとんどなのは「他人が見てる自分」を拡散したいのではなく「自分が見ている自分」を拡散したいのだろうと勘ぐってしまう。

自分にとっての普段の姿は他人からみたら裏返しの姿、というのはなかなかサイコロジカルで面白い現象ではないか。

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ミニ四駆DON

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