【昼休みコラム】ミニ四駆の歴史
二次ブームの終焉(1998年~2000年)
インターネットにより改造方法が全国規模で共有されることにより、ミニ四駆は一次ブームを経験したオトナたちの間でも流行となる。
しかし当時のレギュレーションでは、タミヤが主催するビッグレースには中学生以下しか参加することができない。そのため子供のクルマを親がつくる、いわゆる「オヤジマシン」が横行することとなる。
タミヤはその対策として1998年のジャパンカップの決勝ラウンドで「ステージ上で選手に素組みで一台作らせてコースを完走させられたら合格」という関門を設ける。しかし衆人環視の中での工作が苦手な子供が不利を被るなどフェアとは言えないものだった。
1999年には『レッツ&ゴー!』のマンガ・アニメともに終了。同年の開催をもってジャパンカップも休止となり、第二次ミニ四駆ブームは幕を閉じる。
単三電池と130モーターで走るホビーは、よりゲーム色を強めた「ダンガンレーサー」に引き継がれることとなった。
同時期にガンプラのHGUCシリーズも始まり、ホビー業界からミニ四駆の名前はいつしか忘れられていった。
今年のF1に参加する10チームのニューカーが出揃い、昨日から合同テストが始まりました。
日本人ドライバーは2014年の小林可夢偉選手以来参加していませんが、今でも沢山の日本人エンジニア・メカニックがグランプリを戦っています。
中でも昨日紹介したピンクのマシン、「サハラ・フォース・インディア VJM11」は羽下晃夫プロジェクトリーダーが設計を統括。現場での運用はレースエンジニアの神野(こうの)研一氏が担っています。
この神野氏、先日Twitterで「第一回ジャパンカップに参加した」ミニ四駆ファンであることを公表。オフィスのデスクには自身でつくったミニ四駆を置いているとのこと。
またハース・チームのチーフエンジニア 小松礼雄氏はドライバーと直接無線で話す声がテレビの中継で何度も流れており、そのやりとりは『1ちゃんす!』の発想の原点でもあります。
テレビでの中継がないためなかなか目に触れることは少ないと思いますが、今シーズンもDAZNで配信、およびNHK BSのスポーツニュースでも映像が流れるようですので是非2018年のF1グランプリにご注目ください!
こっちは超クール!
マクラーレンと別れたHondaとタッグを組んだトロ・ロッソのニューマシンSTR13! https://mstdn.mini4wd-engineer.com/media/haWMQgCRAtYNMTUoM-A
きゃーっ!
かわいーっ!
【昼休みコラム】ミニ四駆の歴史
フルカウルミニ四駆(1994-1997)
この時代については私よりも皆さんの方が詳しいと思うので、時系列を追うのはやめておきます(汗)。
コロコロコミックがそれまでのホビーマンガで培ったメディアミックスのノウハウが注ぎ込まれた『レッツ&ゴー!」は、ターゲットである小学生男児だけでなく、愛らしいキャラに魅せられた女性ファンにも支えられて巨大なムーブメントとなった。
成功の要因はいくつかあるが、
・キット化を前提としたマシンのデザイン、およびマンガの展開が成功した
・ポケモン人気が一段落し、小学生の興味がテレビゲームからホビーへと戻ってきた
・一次ブーム時に販売されたJCJCが模型店に残っており、インフラ整備の時間が短縮できた
ということかと。
また1995年のWin95発売によって家庭に普及したインターネットの掲示板、Webサイトを通じて大人たちの間でミニ四駆の情報交換が行われたことも下支え要因となった。
が、この「オトナによる情報戦」が、ミニ四駆の根幹を揺るがす事態の下地となっていく。
緊急で始まった「新日本プロレスワールド(有料の新日動画配信サービス)」の記者会見映像で、棚橋選手の復帰会見のLIVE中継。
先月末の試合でヒザを痛めて欠場中。3/6の旗揚げ記念興行も欠場するほどの大怪我であったが「100%出せる」との確信から復帰を決断。月末のトーナメント戦にエントリーして優勝するとの力強い言葉。
プロレスはスポーツでありフィクションだけど、やっぱりメディアを通じて受け取りたいのはこういうポジティブなメッセージだなぁと。
ただただ手抜きでひな壇芸人が海外の映像を見てゲラゲラ笑っているだけの2時間番組なんてオジサンは見たくないのよ(汗)。
41歳・2児の父、ミニ四駆をたしなむプロレスラー、棚橋弘至にご声援の程よろしくお願いします!!
ミニ四駆が好きですが、競馬(中央・南関東)とプロレスとモータースポーツ(F1・フォーミュラe)が好きな43歳です。たまに小説らしきものを書きます。
Twitterに比べてエキセントリックな内容でお送りしますのでリムーブ、ミュート等適宜お願いします。