【昼休みコラム】ミニ四駆の歴史
バクシードの急襲とRSシリーズ(2001-2004)
21世紀に入ってからのミニ四駆は、ほとんど動きがなく、2003年の阪神優勝にかこつけて「タイガー」と名の付いたマシンが再販された程度であった。
ダンガンレーサーはミニ四駆ほどではないものの子供たちの関心を集めており、定期的にニューモデルがリリース、大会も開催されていた。
そんな中、2004年にバンダイが「バクシード」というホビーを発売する。単三電池2本と130型モーター、四輪駆動、壁で囲われたコースをローラーによって曲がる……コンポーネントはほとんどミニ四駆そのままのバクシードが、タミヤの逆鱗に触れたことは想像に難くない。
即座にタミヤは名車アバンテJr.をリァインした「アバンテRS」を2004年末に発売。続けてサンダーショット、ブーメランと続けざまに「RS」仕様でリリースされる。
第一次ブームの人気車種をVSシャーシに換装したRSシリーズは、ミニ四駆がまだ「生きている」ことの証明に他ならなかった。
そして2005年、「レーサーミニ四駆 メモリアルボックス」シリーズが発売されることとなる。
2018年F1参加10チームのマシンでございます!!
突き詰めて作られたものには、色気にも似た存在感がある。
ミニ四駆にもこういう気配をまとわせたい。
@HondaRacingF1さんのツイート: https://twitter.com/HondaRacingF1/status/968442022502780928?ref_src=twcamp%5Eshare%7Ctwsrc%5Eandroid%7Ctwgr%5Edefault%7Ctwcon%5E7090%7Ctwterm%5E0
【昼休みコラム】ミニ四駆の歴史
二次ブームの終焉(1998年~2000年)
インターネットにより改造方法が全国規模で共有されることにより、ミニ四駆は一次ブームを経験したオトナたちの間でも流行となる。
しかし当時のレギュレーションでは、タミヤが主催するビッグレースには中学生以下しか参加することができない。そのため子供のクルマを親がつくる、いわゆる「オヤジマシン」が横行することとなる。
タミヤはその対策として1998年のジャパンカップの決勝ラウンドで「ステージ上で選手に素組みで一台作らせてコースを完走させられたら合格」という関門を設ける。しかし衆人環視の中での工作が苦手な子供が不利を被るなどフェアとは言えないものだった。
1999年には『レッツ&ゴー!』のマンガ・アニメともに終了。同年の開催をもってジャパンカップも休止となり、第二次ミニ四駆ブームは幕を閉じる。
単三電池と130モーターで走るホビーは、よりゲーム色を強めた「ダンガンレーサー」に引き継がれることとなった。
同時期にガンプラのHGUCシリーズも始まり、ホビー業界からミニ四駆の名前はいつしか忘れられていった。
ミニ四駆が好きですが、競馬(中央・南関東)とプロレスとモータースポーツ(F1・フォーミュラe)が好きな43歳です。たまに小説らしきものを書きます。
Twitterに比べてエキセントリックな内容でお送りしますのでリムーブ、ミュート等適宜お願いします。