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ミニ四駆2018SPRINGは熊本大会から始まるので盛り上げていきたいです!
少なくとも :ma_chassis::vs_chassis: は画像上がる予定? 🤔🤔

まぁ僕は :ma_chassis: 一択なのですが…
もう少しスリム化しよう

今回のspringコース、高速コースだけどコーナーが多く、ストレートは最長で2枚半なのだ…
そして角度の違うバンクが3枚

なので高回転モーターに中径くらいが速いのでは…?
つまりは :vs_chassis:

ミニ四駆2018SPRINGのコース発表されましたね!
大会マシンのセッティング妄想頑張りましょう!!

mstdn.mini4wd-engineer.com/med

モヤモヤしてきたらヘルシェイク矢野のことを考えよう

ここ数年SPRINGは高速レイアウトな気がするー
セッティングは去年のSPRINGを参考に固めようかなぁ 🤔

町内会旅行の幹事か黒幕では 🤔
幹事だから問題ないけど

知人が町内会の旅行でミニ四駆体験するとかいう話を聞いて「そういうのあるのね」って思った。

【昼休みコラム】ミニ四駆の歴史4

6.レーサーミニ四駆(1988年・第一次ブームの到来とアバンテJr.の登場)

1988年のジャパンカップは当日受付で開催されたことから、各会場では多くの子供たちによる行列ができた。いかにもマスコミ映えする絵であることから多くのメディアで取り上げられ、ここに第一次ミニ四駆ブームが始まった。

会場では「ダッシュ1号・皇帝(エンペラー)」が先行販売され、「マンガに登場したマシンのキット化」という流れがつくられた。

ジャパンカップ後に一般販売されたエンペラーは大人気となり、一般の模型店では目にすることが出来ず。またワイドタイヤなどの人気パーツはその他の不人気パーツ・キットと抱き合わせ販売されるなど、かつてのガンプラブームを想起させる減少が各地で起きていた。

コースを使ったレースが遊び方として定着すると、よりコース走行に特化したシャーシを望む声があがった。それに応えた新シャーシは、ローラーを標準装備、素材は衝撃に強いABS、タイヤはスリックという完全オンロード仕様で登場する。

1988年12月、新シャーシ第一弾としてアバンテJr.が発売された。

現場仕事苦手だけど政治的な理由でリーダーシップを発揮しなければならない!って思いこんでる人は見たことある

あなたが考えて指示するのがリーダーシップではないのですが…

リーダーの仕事ってメンバー内の関係や仕事しやすさなどのインフラ整備だ、みたいな事言ってた方が北海道のエンジニアさんでいたので、偏見だけど北海道のエンジニアさんは有能判定してる

なまじ現場仕事が得意だと仕事を任せられなくなるから、むしろ現場仕事が弱い事を自覚してるマネージャーの方がマネージャーとして正しく振る舞えるみたいなの沢山見る。かくありたい。

現場としてアレだけど管理職としては向いてるパターンの人というのは、たとえば、何かルールや命令があった時に、いちいち「なぜやらないといけないのか」とか「もっと効率的なシステムが
あるんじゃないか」とか考え始める人。

現場の仕事やらせたら全くダメダメでまず間違いなく出世できないタイプだけど、管理職としては物凄く有能な人って、実はそこそこの割合で居るはずで。

【昼休みコラム】ミニ四駆の歴史3

5.レーサーミニ四駆(1988年・ジャパンカップ前夜)

1987年末に「グレードアップパーツ」がリリース、さらにマンガ『ダッシュ! 四駆郎』がスタートしたことで、プロダクト面、プロモーション面でミニ四駆はホビー激戦区に乗り込んで行くこととなる。

1988年春に開催された「コロコロRCフェスティバル」用に、大型の5レーンコースが作られ、好評を博したことからタミヤは「巡業形式でのプロモーションイベント開催」を決断する。

この背景には、先行してコロコロが推していた「ファミコン全国キャラバン」の存在があった。

1985年の夏にハドソン(現在はコナミに吸収)のシューティングゲーム『スターフォース』を統一タイトルとして、全国で開催されたキャラバンは、「高橋名人」というカリスマとともに子供たちを熱狂させた。

この「統一ルール」「全国巡業」「名人」という発想はそのまま「タミヤレギュ」「ジャパンカップ」「ミニ四ファイター(現在はMCガッツ)」として流用された。

そして1988年の夏休み。北海道を皮切りに「第一回ミニ四駆ジャパンカップ」が始まる。

プラローラーに520ベアリングを圧入できないか試したことならあります。

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ミニ四駆DON

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